1995年(平成7年)1月17日(火)午前5時46分頃に発生し、6437名の死者・行方不明者、43792名の怪我人、約32万名の避難者を出した阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)から、昨日で21年になりました。

21年経った現在でも、「淡路」を省略して「阪神大震災」と呼ぶ人も居ます。この名称は、政府が決めた名称に先立ち、毎日新聞が呼び始めたものです。

こちらは震災翌日(1995年(平成7年)1月18日(水))の神戸新聞の記事です。
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同震災では、震度計での最大震度は6、気象庁の現地調査では震度7を観測しています。

津波は微弱のためそれによる被害は報告されていないため、地震動による被害のみが報告されています。

死者の殆どは壊れた建物の下敷きになって圧迫されて生命活動が止められる「圧死」でした。

鉄道ではJR西日本、阪急電鉄、阪神電車等で被害を受けたものの、路線は夏の終わりまでに、駅は1998年(平成10年)秋までに全て復旧しています。伊丹駅では車両もろとも倒壊し、3年後の1998年(平成10年)に現在の駅ビルが完成し、近畿の駅100選に認定されています。阪急三宮駅では開業以来の駅ビルが被害を受け解体され、現在の駅ビルは3階建てになっています。

高速道路では、阪神高速神戸線が一部では完全に倒壊するなどの被害が発生しましたが、1996年(平成8年)9月30日までに全線で復旧しています。
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東遊園地では、追悼行事が開催されました。参加者は地震発生時刻に合わせて、21年前の震災で黄泉の国に旅立った6437名の冥福を祈っていました。

こちらはその追悼行事の様子です。
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3月11日には、東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)から5年が経ち、東遊園地でも追悼行事が開催される予定です。