1994年(平成6年)の朝日杯3歳ステークス(GⅠ/現在の朝日杯フューチュリティステークス)を優勝し、翌年の報知杯弥生賞(GⅡ)を勝った後怪我を理由に皐月賞(GⅠ)を回避し、そのまま引退し社台スタリオンステーションにおいて種牡馬入り、1998年(平成10年)に種牡馬デビューしてからはキンシャサノキセキ(高松宮記念2勝)やサダムパテック(マイルチャンピオンシップ)、イスラボニータ(皐月賞)、ストレイトガール(ヴィクトリアマイル、スプリンターズステークス)等のGⅠ馬を輩出し、種牡馬引退後も引き続き社台スタリオンステーションに繋養されていたフジキセキが、有馬記念翌日(12月28日(月))に黄泉の国に旅立った事が分かりました。

ゴールドアクターが有馬記念で初めてGⅠを勝ち、ゴールドシップが8着に終わってターフを去った翌日、社台スタリオンステーションにおいてフジキセキが放牧中に不慮の事故に遭い、診察の結果、重度の頚椎損傷と診断されました。そして社台スタリオンステーション内の診療所において、予後不良として殺処分の処置が取られてしまいました。

フジキセキの冥福と、後継種牡馬の産駒の健闘をお祈り致します。因みに後継種牡馬は7頭居て、サダムパテック以外はは既に種牡馬デビューし、重賞馬も出ています。