2011年(平成23年)3月11日(金)の午後2時46分頃に東北・関東をはじめとした東日本方面を襲い、1万8千人以上の死亡者および行方不明者と6000人以上の怪我人、15万人以上の避難者、約25兆円の被害額を出した東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)から、本日で4年になりました。これは震災発生翌日(3月12日(土))の京都新聞の朝刊です。
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こちらは震災翌日の朝日新聞の朝刊です。
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これは震災当日の読売新聞の号外です。
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こちらは震災当日の神戸新聞の号外です。
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政府が「東日本大震災」の名称を決めるまでは、団体によっては「東北関東大震災」(NHKJRA日本赤十字社が使用)や「3.11大震災」の名称も使用されていました。

被害は、20年前の阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)より大きく、地震による被害より津波による被害が大きいことで知られています。気象庁は規模を最初はM7.9と発表、その後M8.4、M8.8、M9.0と段階的に上方修正しました。その結果、国内では観測史上最大級、外国地震を含めると第4位の規模で、国内では初、外国地震を含めば2004年(平成16年)12月のインドネシアの地震以来6年3ヶ月ぶりに「超巨大地震」に分類されています。最大震度は宮城県栗原市の7でした。仙台の市街地も震度6弱を観測するも、阪神・淡路大震災ほど被害は大きくありませんでしたが、浦安市や久喜市を中心に液状化被害も出ています。(阪神・淡路大震災については、阪神・淡路大震災から20年を参照)

一方、津波が青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉の各県の沿岸部の集落に押し寄せ、宮古市田老町では高さ10mの防潮堤を乗り越えるなりそれを水圧で壊すなりして、市街地を浸水させしまいました。陸前高田市の市街地のように、更地だらけになった所も有ります。津波の水圧で壊された建物も沢山有りました。津波浸水区域には、廃止・閉校となった学校も沢山有ります。

石巻市の石巻赤十字病院(石巻日赤)では、地下1階の霊安室に沢山の遺体が運び込まれ、隣接する地下駐車場にも遺体が安置されています。また、多くの急患(救急患者)も運び込まれています。(霊安室の照明と空調は東芝製)
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公民館や体育館には避難所が開設され、大勢の避難者がやって来て、津波被災地を中心に、開設から閉鎖まで数ヶ月の時間を要した避難所も少なくありません。旧グランドプリンスホテル赤坂では、営業終了直後に避難所が6月末まで開設され、福島県からの避難者がそこで暮らしました。同施設の完全閉館は7月、撤去工事開始は9月となっています。

競馬では12日(土)と13日(日)の全場の開催を取り止めました。全場開催取り止めは2007年(平成19年)の馬インフルエンザ以来です。また、WINS新宿が復旧工事のため一時閉館を余儀無くされたうえ、第2回と第3回の中山競馬が復旧工事のため残りの開催を中止打ち切り(日経賞(GⅡ)、中山牝馬ステークス(GⅢ)、スプリングステークス(GⅡ)、ニュージーランドトロフィー(GⅡ)、マーチステークス(GⅢ)、ダービー卿チャレンジトロフィー(GⅢ)は阪神競馬場で施行、中山グランドジャンプ(J・GⅠ)は7月に延期)、福島競馬は復旧工事のため第1回と第3回が新潟競馬場に、第2回が中山競馬場に振り替えられ第3回中山競馬として施行、七夕賞(GⅢ)は炎天下の中山で行われました。また、皐月賞(GⅠ)は23年ぶりに府中での開催となっています。マイルチャンピオンシップ南部杯(GⅠ)は例年の盛岡から府中に場所を移しての開催となっています。また、毎日杯(GⅢ)、マーチステークス(GⅢ)、新潟大賞典(GⅢ)、つばさ賞(OP)は「被災地支援」の副称が付いています。中京競馬場の改修工事により阪神開催となった高松宮記念(GⅠ)は、「東北関東大震災被災地支援競馬」として行われています。因みえに中山競馬場は同年の夏競馬から、福島競馬場は2012年(平成24年)の春競馬から、WINS新宿は2014年(平成26年)の春から再開しています。因みに東京競馬場の有る府中市と中山競馬場の有る船橋市は共に震度5弱でした。

競馬以外のスポーツでは、名古屋ウィメンズマラソンの前身である名古屋国際女子マラソンが2011年(平成23年)の開催を中止し、プロ野球も3月11日以降のオープン戦が全試合中止、開幕戦は4月20日に延期となっています。

鉄道では、津波により沿岸部の路線がその被害を受けました。津波に飲み込まれ、車籍登録を抹消された車両も少なく有りません。地震による被害が出たものの津波の被害が小さかった、もしくは無かった区間は翌年の春までにすべて運転を再開しています。津波の被害が大きかった区間のうち三陸鉄道は2014年(平成26年)春までに全線で運転を再開しています。現在の不通区間はすべてJR東日本の路線で、山田線の宮古~釜石間(三陸鉄道に移管予定で移管後の復旧時期未定)、石巻線の浦宿~女川間(3月21日(土)に運転再開予定で復旧後の女川駅は浦宿駅と同じ1面1線に縮小)、仙石線の高城町~陸前小野間(5月30日(土)に運転再開予定で同時に仙石東北ラインも開業予定)、常磐線の竜田~原ノ町間(運転再開時期未定)および相馬~浜吉田間(2017年(平成29年)度中に運転再開予定)、気仙沼線柳津~気仙沼間(BRTとして仮復旧中で鉄道としての運転再開時期未定)、大船渡線気仙沼~盛間(BRTとして仮復旧中で鉄道としての運転再開時期未定)となっています。東北・上越・北陸(長野)新幹線は、車両に東京方は「つなげよう、日本」、新青森・長野・新潟方は「がんばろう日本、がんばろう東北」のステッカーが貼られていましたが、剥がされた編成も出てきています。また、旧型客車および12系客車を牽引するD51型SLにも同じものが貼られていました。

エンターテイメントでは、地震発生直後から13日(日)のクロージングまで報道特別番組が編成され、CMは放送されませんでした。これは1989年(昭和64年→平成元年)1月7日(土)朝の昭和天皇崩御(死亡)に伴う報道特別番組編成以来、22年ぶりです。また、当時は滝口順平氏がナレーターを務めた日本テレビ関東ローカル「ぶらり途中下車の旅」が12日の放送を、当時は児玉清(東京都北区出身)氏が司会を務めたABCテレビ朝日系列「パネルクイズ アタック25」と、桂歌丸(神奈川県横浜市中区出身)が司会を務める日本テレビ系列「笑点」が13日(日)の放送をそれぞれ休止しています。

また、東日本大震災復興基本法も施行され、復興庁も新設されてています。

こちらは阪神・淡路大震災の被災地、神戸市の東遊園地で開催された東日本大震災追悼行事の様子です。「1.17」では無く「3.11」の文字になっています。参加者は全員、東側(大阪・東京・仙台方面)に顔を向けて黙祷しています。真っ昼間に黙祷を捧げているのは、地震発生時刻が阪神・淡路大震災の早朝に対し、東日本大震災は真っ昼間だからです。
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犠牲者のみ霊に合掌