1995年(平成7年)1月17日(火)午前5時46分頃に関西方面を襲い、6400人以上の死亡者と、4万人以上の怪我人、31万人以上の避難者、約10兆円の被害額を出した阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)発生から、本日(1月17日(土))で20年になりました。20年前の本震では、関東でも震度1の揺れを感じました。これは震災当日の京都新聞の夕刊です。
1995-01-17 19:00:00

この震災のせいで、競馬では1995年(平成7年)の桜花賞宝塚記念は、阪神競馬場の震災復旧工事のため、京都競馬場での施行になりました。特に、宝塚記念はライスシャワーが故障を発生し競走を中止し、予後不良と診断されその場で安楽死の処置が取られています。ちなみに降雪により発走時刻変更もしくは月曜順延の噂も有った京都競馬は通常通り施行するそうです。詳しくはこちらをご覧ください。ちなみに震災当日は新春の3日間開催の翌日でした。阪神競馬場は年末に開催を再開しています。こちらは被災直後の阪神競馬場の写真が掲載された新聞記事です。
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競馬以外のスポーツでは、第14回大阪国際女子マラソンが中止(代替開催無し)となりましたが、第67回選抜高等学校野球大会は予定通り阪神甲子園球場で開催されています。

鉄道では阪急電車の伊丹駅が倒壊し、3年後の1998年(平成10年)の再建の際には3線から2線(仮復旧時は3線から1線)に減らされており、頭端式に変えられています。これは開設時は宝塚方面への延伸計画が有り、それが震災前に事実上無くなっていたためです。正式に宝塚方面への延伸計画が無くなったのは2005年(平成17年)です。これは被災直後の伊丹駅です。車籍登録を抹消された被災車両も少なくありません。
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こちらは仮駅時代の伊丹駅で、3100系が停車中です。
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こちらは再建後(現在)の伊丹駅です。
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道路では阪神高速の高架が倒壊し、復旧工事が翌年秋までかかりました。これは被災当時の阪神高速の高架です。
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なお、津波は微弱のため、津波による被害は有りませんでした。

死亡者の遺族にとっては、20年の区切りなど付く訳が有りません。

そして2ヶ月後の3月11日(水)には、2011年(平成23年)の3月11日(金)に発生し、津波の被害が大きかった東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)から4年になります。これについては、3月11日(水)以降に書く予定です。[][]

なお、2013年(平成25年)4月13日(土)早朝にも関西方面で震度6弱の地震がありましたが、これは淡路島地震と言います。この時は、鉄道では遅れが夕方まで続き、JR東日本の各駅の電光掲示板にも東海道新幹線の遅れの情報が流れていました。また、34人の怪我人が出たものの、幸い、死亡した方は居ませんでした。[]

また、2ヶ月前の昨年11月22日(土)には長野県北部で震度6弱の地震があり、こちらは長野県神城断層地震と言います。この時は、鉄道では大糸線がJR東日本管内の信濃大町~南小谷間と、JR西日本管内の南小谷~糸魚川間が不通(長期運転見合わせ)となりましたが、復旧工事が進み、JR東日本管内は12月7日(日)に、JR西日本管内は11月26日(水)に全線で運転を再開しています。また、46人の怪我人が出たものの、幸い、死亡した方は居ませんでした。

こちらの写真は昨年1月17日(金)に被災地で開催された追悼行事の様子です。開催場所は東遊園地です。フォト蔵にアップされている写真はこちらです。
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こちらの写真は本日開催された追悼行事の様子です。
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昔は「阪神・淡路大震災犠牲者之霊」と書かれた柱が舞台中央に置かれていましたが、今回開催された追悼式典にはそんな物は有りませんでした。その代わり、東京都各地(千代田区府中市八王子市など)他で開催される第4回東日本大震災追悼式典には、「東日本大震災犠牲者之霊」と書かれた柱が舞台中央に置かれる予定です。
 
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